乳がん告知後、全摘手術、そして乳がんではなかった(誤診)ことが判明

乳がん告知後、乳がん治療のリアルタイムな情報発信をコンセプトに立ち上げたブログですが、術後(右乳房全摘)の病理診断は摘出した右乳房にがん細胞なし。誤診でした。サイトの方向性を失い、その後の更新ができず一時はサーバから削除しましたが、再アップしました。



途方に暮れています  2005/12/4

乳がんじゃないってわかって、夫も母もそれはそれは喜んでくれました。
義母は耳が遠いので、電話口では込み入った話ができず、今後の治療は必要のないことだけ話してあります。今度、夫の実家に行って、乳がんではなかったと話そうと思います。やはり喜んでくれることでしょう。

このブログを読んでくれている友達も、喜んでくれましたね。
心配かけてごめんなさいね。本当にありがとう。

でもね、
摘出した右乳房には、全くがん細胞はなかったと。昨日、病理科の部長から正式に聞かされました。

だから、
そもそも私は乳がんではなかったのです。

それを、
細胞診だけで、乳がんと告知された。

がんの告知はするべきではないと思う。絶対に。

私は、乳がんと告知されたから、全摘に応じました。傷跡を見て泣いたりもしませんでした。生きるために選択したことだから。

私の場合は、全摘をしないとがんかどうかはわからなかったらしい。
結果、乳がんではなかった。
病院側としては、最善のことをしたという姿勢です。

「がんである可能性は濃厚です。これ以上は全摘しないとわかりません」と、言うべきだったと思います。「本当に全摘して後悔しないの?」と自問自答した上で、納得して全摘に応じたでしょう。そして、病理結果で、乳がんではありませんでした。と告げられたら、泣いて喜んだことでしょう。

結果は、全摘でも、天と地ほどの差があります。

何の迷いもなく全摘してしまった。もうどうすることもできない。
昨夜、お風呂で傷跡を見て、はじめて泣きました。そこは悲しみが詰まった場所。生きていく限り悲しみを感じる場所。

主治医は泣いて誤ってくれました。私は主治医を責めるつもりはもともとないです。彼女のことを苦しめたくないです。だから、全部終わりにしよう、と主治医の涙を見て、その時は思いました。

病院側に謝罪を求めました。無理だとわかっていましたが、やはり無理なようでした。

病院側に謝罪してもらったら、この悲しみから抜け出すことはできるのだろうか?

抜け出すことは出来ないと思います。病院を敵に回して、闘う気力もないです。

このことを公にするつもりも毛頭ないです。
乳がんでもないのに、胸を全摘されたなんて、惨め過ぎます。不幸をさらすだけ。

どうしていいかわからないです。途方に暮れています。

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